正統派の胡麻
古くは祭政一致という言があるように、祭祁つまり宗教と、政治すなわち国家とは、表裏一体のところがありました。
そして農業ではなく祭祁や政治に従事する人物が、それぞれの社会を統率・指導してきました。
社会的剰余により、さまざまな専門技術集団を組織することで、社会的分業を編成する国家というシステムが成立をみたのです。
残念ながら狩猟採集社会では、高度な文化や国家を成立せしめる社会的剰余は、なかなか生まれにくいことも確かです。
よりプロダクティブな牧畜や遊牧という技術も、豊かな文化を形成しましたが、農耕レベルの高い社会的剰余を期待するには難しいものがあります。
農業が最も素晴らしいものだとは思いませんが、それが剰余を生みやすいことは事実です。
とくに農業のうちでも、根栽栽培と種子栽培では、後者の方が剰余という点では有利となります。
これは保存の問題で、根茎植物には、腐りやすく備蓄が難しいという欠点があります。
根栽農業が発達した東南アジアや南アメリカに、国家が出現するのが比較的遅いのは、このためだと考えられます。
これに対して種子農業は、種子のまま何年もの保存が可能ですから、貯蓄に適して社会的剰余を生みやすく、そうした社会には、強力な国家が形成されやすかったのです。
ただ種子農業には、水の管理が重要な問題となります。
とくにエジプト文明・メソポタミァ文明などが、壮大な王宮や王墓を持つのは、潅概用水の整備により、生産力が古向まった証拠です。
また同時に、そうした土木工事を指導した王たちの力が、多くの農民に支持・賞賛されたためだ、といっても良いでしょう。
食料の余剰が戦争を生んだ確かに農耕は、素晴らしい文化なのですが、ことはそう単純ではありません。
ここで少し農耕の負の側面をみておきましょう。
まず第一の問題として、高い社会的剰余を生む農耕が、戦争を引き起こしたという事実があります。
この問題については、考古学者の故・Sさんが、日本の弥生時代を論じながら、再三、喚起を促してきました。
私なりの要約をすれば、次のようになります。
たとえば川上にA村、川下にB村があったとします。
川下のB村は、しばしば洪水で作物が全滅して食料に困れば、一年目は、なんとか凌げても、二年、三年と続けば、B村にとっては死活問題となります。
もし、この時にA村に豊富な食料があった場合、どうなるでしょうか。
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